続きです。



というわけで、こちらが、実際の佐和山です。関ヶ原の後に佐和山城主となった井伊直政が、山城である佐和山城から、城下の彦根城に移ったというのは、納得できる。そして、彦根城は、城下に移ったデメリットを払拭すべく、数々の防御システムを備えている。



はい、こちらも佐和山。



こちらが太鼓門櫓。裏側は、高欄付の廊下にという珍しい構造だそうです。



時報鐘。現在も使用されているとのこと。「日本の音百風景」にも選出されている。
幕末の12代藩主直亮の時、より美しい音色にするために、鋳造の際、大量の小判を投入したとか。



正面は琵琶湖。海みたいですよね。


続きます。